優先席で起きた出来事が大きな反響に
2025年9月下旬、朝日新聞「声」欄に掲載された投稿がSNSで大きな話題となりました。X(旧ツイッター)では10万件以上の「いいね」がつき、多くの共感や議論を呼びました。
投稿のタイトルは 「優先席 勇気出して譲らなかった」。
投稿者は神奈川県在住の会社員で、幼児をひざに乗せ、知的障がいのある小学生の娘と一緒に優先席に座っていました。
ところが近くの高齢者から「最近の若者は席を譲らない」と大声で言われ、さらに酔客からも「目の前に高齢者がいますよ」と肩をたたかれる出来事があったのです。事情を説明する気にはなれず座り続けたものの、強いモヤモヤが残ったといいます。
この体験は「譲る勇気」だけでなく、時には「譲らない勇気」も必要なのではないか、という問いを投げかけています。

優先席の歴史と役割
日本で優先席が始まったのは1973年。国鉄が「シルバーシート」として中央線快速などに導入したのがきっかけです。当初は高齢者向けでしたが、1990年代後半から妊婦や乳幼児連れ、障がいのある方などにも対象が拡大されました。
今日では「シルバーシート」という呼び方より「優先席」として定着し、床やつり革の色を変えて目立たせる工夫がされています。
わかもと製薬の調査によれば、 6割以上の人が「優先席に座ったことがある」 と回答。必ずしも「特定の人だけの席」ではなく、状況によって誰でも座ることがあると考える人が多いことが分かります。
外見では分からない「優先席の必要性」
優先席は「立つのが難しい人のための座席」です。しかし、その必要性は外見からは分かりません。
- 妊娠初期
- 内部障がい
- 精神的な不安や体調不良
こうした事情は見た目には伝わらず、摩擦が生まれることがあります。実際、SNSでも「正義感を押し付けるような振る舞いは思いやりとは違う」という意見が多く見られました。

「譲らない勇気」が意味するもの
大声で「席を譲れ」と迫ることは、相手を思いやる行動ではなく「自分の正義感を押し付ける行為」にもなりかねません。
- 高齢者 vs 子連れ
- 健常者 vs 障がい者
といった対立構造をつくることは、本来の「思いやり」とは逆の結果を生み出します。
「譲らない勇気」とは、
👉 自分や家族に本当に必要だからこそ、周囲の圧力に流されず座り続ける選択
👉 誤解や非難を恐れず、必要な権利を守る姿勢
を意味すると言えるでしょう。

譲り合いを取り戻す工夫
では、どうすれば優先席が「摩擦の場」ではなく「思いやりの場」になるのでしょうか。
1. 見せ方の工夫
- ヘルプマーク、マタニティマークの普及
- 「Please offer me a seat」バッジ(ロンドンの例)
こうしたサインは、言葉にせずとも事情を伝える助けになります。
2. 配置の工夫
- 優先席を車両の一部に固めず分散配置
- 座席デザインを通常席と変えない試み
これにより「ここだけ特別」という緊張感を和らげられます。
これからの「優先席」の価値
人口減少や公共交通の変化に伴い、優先席は改めて「誰のためのものか」を問いかけています。
私たちが持つべきなのは、
- 譲る勇気 ― 他者を思いやり、席を差し出す心
- 譲らない勇気 ― 自分や家族に必要な権利を守る心
両方のバランスです。
座席をめぐる摩擦を「対立」ではなく「学び」として受け止める視点が、思いやりある社会をつくる第一歩になるのではないでしょうか。

筆者の体験から
私は普段、電車では極力座りません。運動不足解消のために立っていたいからです。
ただし、どうしても疲れているときや、空いている席が優先席しかないときは座ります。座席は「座るためのもの」であり、周囲に必要そうな人がいればもちろん譲ります。
その経験から思うのは、 「譲る」「譲らない」を単なる善悪で裁くのではなく、その時々の事情を尊重し合う社会であってほしい ということです。
まとめ
- 優先席は「譲る/譲らない」を競う場所ではなく「思いやり」を表す場
- 外見では分からない事情があるため、正義感の押し付けはトラブルの元
- 「譲らない勇気」もまた大切な選択肢であり、社会全体の理解が必要
私たちができるのは、相手の見えない事情を想像し、柔軟に行動すること。優先席の議論は、 公共空間でどう共存するかを考えるヒント になるはずです。
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