海外旅行の楽しみの一つに、パスポートに押される入国・出国スタンプがあります。
訪れた国や都市の日付が記されたスタンプを見返すと、そのときの旅行の記憶がよみがえる。そんな楽しみを持っている方もいるのではないでしょうか。
ところが近年、海外の入国審査では、顔認証や指紋認証などを活用したデジタル化が進んでいます。これに伴い、従来のようにパスポートへスタンプを押す機会も減りつつあります。
そして2026年4月10日には、欧州のシェンゲン圏29カ国で新しい出入域システム「EES」が全面稼働し、対象となる短期滞在者への手作業によるパスポートスタンプが廃止されました。
これは、海外旅行の入国手続きが大きく変わる出来事です。
本記事では、パスポートのスタンプがなくなる背景、欧州や北米などの入国審査の動向、パスポートが必要とされる理由、そして旅行の思い出としてのスタンプの価値について考えてみます。
1. パスポートの入国スタンプがなくなりつつある?
海外旅行で入国審査を受ける際、以前は入国審査官にパスポートを提示し、質問に答えたうえで入国スタンプを押してもらうのが一般的でした。
しかし、現在は自動化ゲートや顔認証などを利用した入国手続きが広がっています。
例えば、日本の空港でも自動化ゲートや顔認証を活用した手続きが導入されており、対象となる日本人の帰国手続きでは、パスポートへのスタンプが省略される場合があります。
日本の自動化ゲートでは、スタンプを希望する場合に係員へ申し出る方法も案内されています。
このように、スタンプがなくなる背景には、単に手続きを簡略化するだけでなく、本人確認や出入国記録の管理をデジタル化するという大きな流れがあります。
顔認証や指紋認証で何が変わるのか
デジタル化された入国審査では、主に次のような情報を活用します。
- パスポートに記載された氏名や旅券番号などの情報
- 顔画像による本人確認
- 必要に応じた指紋などの生体情報
- 入国・出国の日時や場所
これらの情報を電子的に記録することで、入国審査官がパスポートにスタンプを押さなくても、誰がいつ入国し、いつ出国したのかを管理できるようになります。
ただし、生体認証を導入すれば、必ず入国審査官との会話がなくなるわけではありません。
渡航目的や滞在日数などの確認が必要な場合には、従来どおり質問を受けたり、係員による審査を受けたりすることがあります。
2. 欧州では2026年4月から入国スタンプが原則廃止に
今回の変化を象徴するのが、欧州の「EES(Entry/Exit System:出入域システム)」です。
EESは、シェンゲン圏に短期滞在するEU域外国籍の旅行者などを対象に、入国・出国情報を電子的に記録する仕組みです。
欧州委員会によると、EESは2025年10月12日に段階的な運用を開始し、2026年4月10日に全面稼働しました。これにより、対象者のパスポートへの手作業によるスタンプ押印は廃止されています。
EESでは何が記録されるのか
EESでは、対象となる旅行者について、次のような情報が電子的に登録されます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 旅券情報 | パスポートに記載された情報 |
| 入国・出国情報 | 国境を通過した日時や場所 |
| 顔画像 | 顔認証などに利用する画像 |
| 指紋 | 対象者について取得する生体情報 |
| 入国拒否情報 | 該当する場合に記録 |
この仕組みによって、旅行者が許可された滞在期間を超えて滞在していないか、本人確認に問題がないかなどを、電子記録を用いて確認しやすくなります。
日本人のように、短期旅行でビザ免除の対象となる旅行者も、原則としてEESの対象です。
対象となるのは欧州全体なのか
ここは注意したいポイントです。
EESは、EU加盟国すべてを一律に対象とする制度ではありません。シェンゲン圏の29カ国で運用されており、アイルランドとキプロスでは従来の手作業によるスタンプ押印が引き続き行われます。
また、長期滞在者や在留資格を持つ人など、対象外となるケースもあります。
つまり、「ヨーロッパではすべての国で、すべての旅行者のスタンプがなくなった」というわけではありません。
今後ヨーロッパへ旅行する場合は、渡航先の国や滞在資格に応じた最新の入国要件を確認しておきましょう。
3. 北米やオーストラリア、日本でも入国手続きのデジタル化が進む
欧州以外でも、出入国手続きの電子化は進んでいます。ただし、各国で制度や運用方法は異なります。
アメリカ:入国記録の電子化はすでに進んでいる
アメリカでは、入国者の滞在資格などを管理するI-94の電子化が進んでいます。
空路・海路で入国する旅行者については、通常、紙のI-94ではなく電子記録が利用されます。旅行者は公式サイトで自身のI-94情報や渡航履歴を確認できます。
ただし、I-94が電子化されていることと、パスポートへの入国スタンプが全面的に廃止されていることは別です。
米国税関・国境警備局(CBP)の案内では、入国時に渡航書類へ入国スタンプが押される場合も示されています。したがって、アメリカでは欧州のEESと同じ形で、スタンプが全面廃止されたと理解しないほうがよいでしょう。
オーストラリア:自動化された入国手続きが普及
オーストラリアでは、電子パスポートや自動化ゲートなどを活用した入国手続きが進められてきました。
こうした仕組みでは、パスポート情報の読み取りや顔画像による本人確認などを通じて、入国手続きの効率化を図ります。
ただし、すべての旅行者が同じ手続きで入国できるわけではなく、渡航者の条件や空港の設備によって運用は異なります。
日本:顔認証ゲートなどによる手続きの効率化
日本でも、空港の顔認証ゲートや自動化された手続きが導入されています。
日本人の帰国手続きなどでは、一定の条件を満たせば係員による従来型の確認を簡略化できます。自動化ゲートを利用した場合、パスポートへのスタンプが省略されることもあります。
一方、外国人の入国審査では、在留資格や渡航目的などに応じた確認が行われます。
このように、各国で共通しているのは、パスポートという冊子だけに頼るのではなく、電子データを利用して本人確認と出入国管理を行う方向へ進んでいることです。
4. なぜパスポートが必要なのか?歴史から考える
そもそも、なぜ海外へ行くときにパスポートが必要なのでしょうか。
パスポートは、国境を越えて移動する人の身元や国籍などを証明するための重要な公的書類です。渡航先の国が入国審査を行う際にも、本人確認の基礎となります。
第一次世界大戦とパスポート管理の強化
パスポートそのものは第一次世界大戦より前から存在していました。
ただし、第一次世界大戦の時期には、各国が安全保障上の理由から国境管理を強化し、身分証明書や渡航書類による管理が重要になりました。現在につながる近代的なパスポート制度が発展するうえでも、この時期は大きな転換点の一つでした。
戦時下では、スパイ活動や敵国関係者の移動などへの警戒が高まり、誰が国境を越えているのかを把握する必要性が増したのです。
もっとも、現代のパスポート制度は安全保障だけを目的としているわけではありません。国籍や本人の身元を証明し、国際的な移動を可能にする役割も担っています。
パスポートは冊子でなければならないのか
ここで考えたいのが、パスポートの形です。
現在は、写真や個人情報を記載した冊子型のパスポートが一般的ですが、本人確認や出入国記録の管理に必要な情報が電子的に保存されるのであれば、将来的には紙の冊子に依存しない仕組みが広がる可能性もあります。
実際に、電子パスポートのICチップやデジタル化された出入国管理は、すでに利用されています。
ただし、電子的な記録だけで世界中を自由に移動できるわけではありません。渡航先の国が認める旅券や渡航認証、ビザなどの要件を満たす必要があります。
今後は、冊子としてのパスポートを残しながら、デジタル技術をさらに活用する形で制度が進化していくのかもしれません。
5. パスポートのスタンプがなくなるのは、やはり寂しい
ここからは、個人的な感想です。
私は海外旅行をする際、パスポートに押されるスタンプにも価値を感じていました。
ページをめくると、訪れた国の名前や入国日が目に入る。スタンプのデザインや文字の違いから、その国らしさを感じることもあります。
スタンプが増えるたびに、これまでに訪れた国や旅の思い出が積み重なっていく。そんな感覚を楽しみにしている旅行者も少なくないのではないでしょうか。
30ページ前後あるパスポートの冊子に、さまざまな国のスタンプが並んでいる様子は、海外旅行を重ねてきた証しのようにも見えます。
もちろん、パスポートは本来、旅行の記念帳ではなく、本人の身元や国籍を証明するための公的書類です。それでも、旅行者にとっては、実用性だけでは語れない思い入れがあるのも事実です。
そのスタンプが、デジタル化によって少しずつ姿を消していく。
利便性や安全性の向上というメリットがある一方で、旅の楽しみの一つが失われるように感じるのは、少し寂しいことです。
6. スタンプがなくなっても、旅の思い出は残せる
一方で、スタンプがなくなるからといって、海外旅行の思い出までなくなるわけではありません。
現地で撮影した写真、訪れた街の風景、食べた料理、出会った人々との交流など、旅の記憶を残す方法はたくさんあります。
例えば、次のような方法があります。
- 旅行写真を整理する: 国や都市、旅行日ごとにアルバムを作る
- 旅の記録を残す: 訪問先や移動経路、印象に残った出来事を記録する
- 航空券や搭乗券を保存する: 旅行の移動履歴を振り返る手がかりにする
- 旅行ブログを書く: 体験したことや役立った情報を文章にして残す
- デジタルと紙の両方で保存する: 写真や記録をバックアップし、必要に応じて印刷する
私自身も、スタンプの代わりに写真や文章で旅を振り返ることができれば、それはそれで新しい楽しみ方になると思います。
ただし、写真やデジタル記録は、端末の故障やサービスの終了、誤操作などで失われる可能性があります。大切な写真や記録は、複数の場所にバックアップしておくと安心です。
7. デジタル化で気になるのは、個人情報とデータの管理
入国手続きのデジタル化には、手続きの効率化や不正防止などの利点があります。一方で、個人情報が電子的に管理されることについては、慎重に考える必要もあります。
特に、顔画像や指紋などの生体情報は、パスワードのように簡単に変更できるものではありません。そのため、どのような情報が収集され、何の目的で利用され、どのくらいの期間保存されるのかが重要になります。
また、システム障害やサイバー攻撃、誤ったデータ登録などへの対策も欠かせません。
紙のパスポートであれば、冊子そのものを保管するという考え方ができます。一方、デジタル化された情報は、システムの運用やセキュリティ対策、バックアップなどによって信頼性が左右されます。
私が気になるのも、このデータ管理の部分です。
入国記録や旅の履歴が電子化されること自体は、時代の流れとして理解できます。しかし、その情報が適切に保護され、必要なときに正確に確認できる仕組みが維持されることが大切です。
何らかの障害や不正アクセスによって記録が失われたり、誤った情報が残ったりすることのないよう、各国には堅牢な管理体制を期待したいところです。
旅行者自身も、デジタル記録をすべて一つのサービスや端末だけに頼らず、必要な情報を適切に保存しておくことが大切でしょう。
8. これから海外旅行をする人が知っておきたいこと
パスポートのスタンプがなくなる方向に進んでいるとはいえ、旅行前の準備が不要になるわけではありません。
海外旅行を計画する際は、次の点を確認しておきましょう。
- パスポートの有効期限: 渡航先によって必要な残存有効期間が異なります。
- ビザや渡航認証: ビザ免除の国でも、電子渡航認証などが必要な場合があります。
- 入国手続き: 顔認証や指紋登録など、渡航先で求められる手続きを確認します。
- 滞在可能期間: 入国スタンプがなくても、滞在許可日数や条件がなくなるわけではありません。
- 旅行記録の保存: 必要に応じて、搭乗券や予約確認書などを保管しておくと安心です。
特に、欧州のEESでは入国・出国情報が電子的に記録されるため、従来のスタンプだけに頼って滞在日数を把握する時代から変わりつつあります。
制度の導入状況や運用は変わる可能性があるため、渡航前には各国政府や大使館、航空会社などの最新情報を確認してください。
まとめ:パスポートの形が変わっても、旅の価値は変わらない
海外旅行の入国手続きは、紙の書類やスタンプを中心とした方法から、生体認証や電子記録を活用する方法へと移行しています。
2026年4月には、欧州のシェンゲン圏29カ国でEESが全面稼働し、対象となる短期滞在者への手作業によるスタンプ押印が廃止されました。一方、アメリカ、日本、オーストラリアなどでは、それぞれ異なる制度や運用が採用されています。
パスポートのスタンプを集める楽しみが減っていくのは、少し寂しいことです。
しかし、海外旅行の本当の価値は、冊子に押されたスタンプの数だけで決まるものではありません。
初めて訪れた街の景色、現地で食べた料理、異なる文化との出会い、そして自分自身の体験。そうした思い出は、スタンプがなくなっても残すことができます。
これからの時代は、デジタル化による利便性を受け入れながら、個人情報や記録の管理にも目を向けていく必要があるでしょう。
パスポートの形や入国審査の方法が変わっても、海外へ出かけ、新しい世界に触れる楽しみは変わらないはずです。
次の海外旅行では、スタンプが押されるかどうかだけでなく、その土地で何を見て、何を感じたかを大切にしたいと思います。

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